越後野志 読書メモ と、その他神社仏閣つれづれ

新潟県神社仏閣関連の読書メモです。

越後野志より式社 伊夜比古神社 その3

前記事  伊夜比古神社  その2からの続き  


淡屋別命の子、手占代命(たうらしろのみこと)は尾張大氣命の娘の眞敷利姫を娶り、建稲種命を生む。この建稲種命は、膂力絶倫で氣長足媛(神功皇后)が三韓征伐の時に、軍を従わせ、敵の船を破り、大功を挙げた。玉代媛を娶り、尾綱根命を生んだ。

この尾綱根命は道徳があり、天皇の賢臣になり愛ミタマヒ、大臣にヨザシ、尾治(張)の連の姓を賜り、大連となる椋垣連公の娘、有間媛命を娶り、尾張少(スクナ)弟彦命を産んだ。

この尾張少弟彦命は、賢徳があり、その子を尾張坂合連といい、去来、穂別天皇(應神)の寵臣であり、この子を尾張醒連・その子の尾張弟州(おとくに)連、香山命より、嗣々、御形を寫し神名を書記本殿の内に立ておき、礼奠(神へのお供え、供物)    が今も尚、絶えることがない。

建諸隅命は崇神天皇の勅命を受けて、祠廟を営み、代々、帝による御造営、あるいは修理を行う。

元明天皇神領の境をお決めになられて、東は信濃川を限り180町、西は海辺まで240町。南は大河津村・七石村・曽利榎村・渋田橋・加津茂川を限り280町、北は赤塚・角田浜・佐潟を限り150町、

神職は高橋氏、

社領を進退し宮家と部家の制を受けず、社内にある古来からの職分を守り行う。老官五家、下社家15家があり、香山命の子孫を六王子という。この後裔の老官の内、四家、社家のうちに二家があるという。


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